「梅薫る」のはなし
梅薫る
弊社の社名は、「梅薫堂(ばいくんどう)」といいます。その名前の由来は以前「梅薫堂の由来のはなし」の中でも紹介したとおり、三代目の吉井勝良が義理の父親と息子の名前をとって「吉井梅勲堂」という会社を設立し、四代目の吉井勲が「梅薫堂」へと社名を変更したことに由来しています。
この「梅薫」を訓読みした「梅薫(うめかお)る」という言葉ですが、俳句などでは春の季語でもあります。風に乗った梅の薫りが、「冬の終わり」を告げ、「春の訪れ」を知らせてくれるようなイメージが想起されます。
さて、藤沢周平氏の短編時代小説に「梅薫る」という名の作品があるのはご存知でしょうか?
奥津兵左衛門とその娘、志津を中心とした物語です。志津はすでに保科という家に嫁いでいるのですが、かつて許嫁(いいなずけ)だった男との未練が断ち切れないでいます。志津は、許嫁だった男に理由も告げられないまま婚約を解かれ、失意も癒えぬまま別の男と結婚してしまったのです。兵左衛門は、婚約が解かれた本当の理由を知っていましたが、志津のことを思い、伝えずにいました。しかし、“ある出来事”をきっかけに、兵左衛門は志津に真実を語ることになります。
真実を知ったことにより志津の心境は一転し、未練が立ち消え、どこか洗われたようなすがすがしい表情へと変わっていきます。そして、まだ少女だった志津の心は、一人の自立した女性のものへと変わっていくのです。
その様子は、あたかもやさしい梅の薫りが暗くて寒い冬の終わりを告げ、明るくて暖かい春の訪れを知らせているかのような印象を与えます。また、この物語では一貫して、「兵左衛門と志津の心境」と「梅花の開き具合や梅の薫りの強さ」が比喩的に表現されており、物語全体を引き立てています。
「梅薫る」は、二十数ページ程度のとても読みやすい短編小説です。これからの秋の夜長、もしよろしければ是非ご一読ください。また、「梅薫堂」もその名に恥じぬよう、香りを通じて皆様に明るく暖かい気持ちを伝えたれるようにこれからも努めてまいります。
参考文献:
夜の橋(ISBN978-4-16-719252-5)
著者/藤沢 周平・発行者/羽鳥 好之・発行所/株式会社 文藝春秋